VAMPIRE MUSEUM     


温もり




雲一つなく、どこまでも青く。
透き通る様な空だった。
青い中では、太陽だけが主張をしている。

人も寄らない山奥で、長い年月をかけて青へと近付いた古い大木。
その頂に近い大枝に、腰掛けている少女が一人。

何をするでもなく、陽に照らされて黄金に輝く瞳は、
ただ、青を見つめていた。

鳥が羽ばたく。
ぴぃぴぃと啼く声。



「ルリって、覚えてる?」
瞳は変わらず青を見ている。表情もそのままに、声音も静かに。
少女は呟いた。
「あの子ね、小さくて、か弱いのに、とっても温かかったの。」

思い出す。

幼い頃に。
動かなくなった小鳥を前に、泣き崩れた自分。
その身体を擦っても。頬を摺り寄せても。
啼かなくて。
いつもの様に、自分の指を啄ばんで来る事もなかった。

「私も、きっとあんなに温かかったのね。」
自嘲的な溜息が零れた。なんの意味もない言葉だから。
別に感傷に耽っている訳でもなくて、ただ鳥を見るとたまに思い出すだけだ。

動かない鳥と、
ルリの温かさ。

後ろから頬を撫でられる。次いで唇をなぞる優しい指。
その指に口付ける。
「私も、温かかった?あの時。」
振り返れば、「あの時」と同じ貴方がいて。
ああ、あの時も、そんな悲しい顔をしていた。
「今はもう、温かくない?」
私は笑っているのに。貴方はすぐに眉間に皺を寄せてしまって。
後ろから抱き締めてくれる。

幼い自分の温かかったであろう涙。
釣られる様に、貴方が現れて。
幼い私に、命を説いたのだ。

「ねぇ、同情してるの?」
私が人の命を意識する度に、人ではない寂しさを覚える度に。
貴方はただ抱き締める。
悲しい宿命を持った吸血姫への、同情?
人の温もりを忘れられない、子供みたいな女への同情?

「同情などでは、ないつもりです。」

珍しい。
この話題はいつも避けるのに。
抱き締めるだけで、答えなんてくれないのに。

振り返ると、真剣な血の色の瞳。
「ラヴァ・・・。」
怒っている様にも見えて、少し恐くて。私はそのまま彼の胸に顔を埋めた。
けれど抱き締めてくれる腕は、優しいもので。
「私を、憎んで下さい。貴女を目覚めさせてしまった。眠らせる事もしなかった。」
囁く声は静かで、けれど悲しかった。
正面から向き合って、貴方の瞳を見つめる。
「じゃぁ、責任って事なのかな?私の血がその責任を強要しちゃってるかな。」
出てくるのは、皮肉と苦笑。
「はい」なんて言う訳がないけれど、私は敢えて確認がしたかったのかも知れない。
やっぱり眉間に皺を寄せる貴方。
そして、
やっぱり強く抱き締める。
「ごめん、意地悪だったね。」
貴方の胸に擦り寄りながら、小さく呟いた。
返事はなく、代わりの様に優しい手が頭を撫でた。
「憎んでなんかいないよ。憎んだりしない。私には、」

―貴方だけだもの。

鳥の声に、掻き消されてしまったかも知れない。



青とは打って変わり、どこまでも真っ赤な世界。
彼の瞳と同じ、血の色の世界。
自分と彼だけのこの空間で、いつもの様に彼の腕の中で眠ろうとしていた。

「・・・どうして突然あんな事を?」
抱かれたまま眠ろうとしていた私に、貴方は控え目に尋ねた。
「鳥をね、思い出したから。」
それだけの筈なのに、貴方に繋げてしまった。
確かに突然。
そう思うと、自然と笑みが零れる。
「ねぇ、私温かかった?」
今度は本当に笑顔だから、答えて欲しい。
私を感じ取る貴方は、だから優しく微笑む。
「とても、温かかったですよ。涙も、熱かった。」
少し照れた様に微笑む貴方が嬉しくて。
胸が温かくなった。
「私、今温かいな。」
きっと人に比べれば体温は恐ろしく低いけれど。
心がない訳じゃないもの。
「ラヴァといると、温かいの。」


小鳥は動かなくなった。
啼かなくなった。
擦っても温かくならなくて。
私は泣いていた。

「どうして泣いている?」

「この世のものは永遠じゃないからその時が美しい・・・」

「その小鳥は美しい時が終わったから去るのだ」

いつか貴方に
「私は小鳥の元に行けるのか?」
と訊いて、困らせた。
少女の様に駄々を捏ねて。

貴方は「共にある」と言った。
ずっと傍にいて、私だけを見て、私だけを守ると。
答えには、なっていないのだけれど。

私は。
彼が傍にいてくれるなら、小鳥の元へ行けなくても良いと思った。

貴方と一緒に。
いつか、何処かに還りたい。



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